深水ニシンの個人サイト「あらしののはら」管理用ブログです。
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※ この感想には不適切な表現が含まれます
※ あなたの基準の健全の範囲から逸脱しているおそれがあります
お絵かき掲示板のアダルトサイト広告に云々言ったわりに、自分の記事は不適切っぽい表現を書くのかよ!と疑問を抱いている方へ・・・たしかに(汗) 私が用意した答えとしては掲示板は【利用者さま本意】で作品語りは【深水ニシン本意】という違いだ、と考えております。■掲示板の表現規制やアダルトサイト広告掲載に神経質になったのは未成年利用者を配慮したものです。またレンタル元がアダルトサイトでの利用を禁止しています。■語りはわたしが好き勝手言うことをメインでやっております。〔はじめにお読みください〕などで断っているように私が表現を発表する場として設けております。
・・・どっかに矛盾がある気がします。もう少し理に適った回答を考えようと思ったよ。
さて、今月号の感想!!
お、おとうとよ~~~~!目がくさる、みちゃだめだぁっっっ!!!
※ あなたの基準の健全の範囲から逸脱しているおそれがあります
お絵かき掲示板のアダルトサイト広告に云々言ったわりに、自分の記事は不適切っぽい表現を書くのかよ!と疑問を抱いている方へ・・・たしかに(汗) 私が用意した答えとしては掲示板は【利用者さま本意】で作品語りは【深水ニシン本意】という違いだ、と考えております。■掲示板の表現規制やアダルトサイト広告掲載に神経質になったのは未成年利用者を配慮したものです。またレンタル元がアダルトサイトでの利用を禁止しています。■語りはわたしが好き勝手言うことをメインでやっております。〔はじめにお読みください〕などで断っているように私が表現を発表する場として設けております。
・・・どっかに矛盾がある気がします。もう少し理に適った回答を考えようと思ったよ。
さて、今月号の感想!!
お、おとうとよ~~~~!目がくさる、みちゃだめだぁっっっ!!!
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一つ前の記事 は柱のラクガキについて話題を膨らませて書いたものだったんだけれど、あまりに長くなってしまったので独立させました。『でんじゃらすじーさん』に限らず、曽山先生の作風には現実を揶揄するような要素が含まれる場合がしばしばあると思うのですが、“嘲笑う”というよりは単に“笑い飛ばす”というものが多いように思います。・・・なんというか、“悪”を設定するというよりも“笑いの種”として人間一般の感情で笑えるものに形を整えて「とりあえず笑ってみよう」という気持ちにさせてくれるところが、すごく好きです。
“悪”と“笑いの種”はものすごく性質の近いものだと思うけれど。
【笑う】話をするとまた恐ろしく話が横道にそれてしまうので細かくは書きません。が、前回、偉い人たち(人に対して<制限を課す=支配する>権限をもつ人たち)を“笑う”ことが何ゆえ抑圧の解放につながるのか、という説明が曖昧だったので補足しておきます。(別にいらねーよ、かもしれないけれど、どうしても私が話したいので書かせてください。そして付き合ってやってください ;へ;)
“笑う”ことで、<支配/被支配>という関係が逆転する。
――大富豪でいうところの革命がおきるわけです。
支配者は被支配者に対して“支配”という行為をおこなっている。しかし、被支配者が支配者を“笑う”ことによって行為のベクトルが逆転する。<笑われる者(支配者)/笑う者(被支配者)>という具合に、“笑い”においてのみ行為を受けるという抑圧から解放されるわけ。
パラレルな次元での効力しかないけれど、それで満足しなければならないときもあるでしょう。
(集団を統治するには支配は絶対に必要ですし)
これは、作品を読む読者の態度にも通じるかもしれない。読者は作者に作品を“読ませられる”。その作品を“作る”ことはできない。作品について行為を受ける抑圧が、行為を出来ないという無力さが存在する。それをパラレルに解消するための<パロディ>・・・のような気がする。
“悪”と“笑いの種”はものすごく性質の近いものだと思うけれど。
【笑う】話をするとまた恐ろしく話が横道にそれてしまうので細かくは書きません。が、前回、偉い人たち(人に対して<制限を課す=支配する>権限をもつ人たち)を“笑う”ことが何ゆえ抑圧の解放につながるのか、という説明が曖昧だったので補足しておきます。(別にいらねーよ、かもしれないけれど、どうしても私が話したいので書かせてください。そして付き合ってやってください ;へ;)
“笑う”ことで、<支配/被支配>という関係が逆転する。
――大富豪でいうところの革命がおきるわけです。
支配者は被支配者に対して“支配”という行為をおこなっている。しかし、被支配者が支配者を“笑う”ことによって行為のベクトルが逆転する。<笑われる者(支配者)/笑う者(被支配者)>という具合に、“笑い”においてのみ行為を受けるという抑圧から解放されるわけ。
パラレルな次元での効力しかないけれど、それで満足しなければならないときもあるでしょう。
(集団を統治するには支配は絶対に必要ですし)
これは、作品を読む読者の態度にも通じるかもしれない。読者は作者に作品を“読ませられる”。その作品を“作る”ことはできない。作品について行為を受ける抑圧が、行為を出来ないという無力さが存在する。それをパラレルに解消するための<パロディ>・・・のような気がする。
※ 感想を書くのに少々時間がかかりそうなので、取り急ぎ書けたネタをば。
すでに第12話でもみられたようにオイレンシュピーデルの話には糞の話が非常に多い。(中略)糞をめぐる民俗は極めて多様であって、古来予言や予防、薬、悪霊祓いのまじないなどいろいろな用途があった。ここでは単純に臭いもの、嫌うべきもの典型として用いられている。しかし単に嫌うべきものではなく、これを自分の中から生み出したという親密な関係にあるものなのである。オイレンシュピーゲルはいつでもとてつもなく臭いおならと糞を大量に放つ事ができた。これも常人のできることではない。英雄の条件を満たしていたのである。
キ●ンビール工場のような髪型の彼は
英雄になれるかもしれない!
・・・<英雄>って何?という疑問を仰られる方もいると思います。簡単に言えば“ふつうの人に出来ないことができる人”で、かつ“ある人々にとって良いことをした人”です。神さまから火を盗んで自由に使えるようにしたプロメテウスのように、何かしらの技術を人間にもたらした英雄は<文化英雄>というふうにも言われます。
さて、上記『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫)の注から引用したのですが、このオイレンシュピーゲルという人は“糞や屁を自在に出す”という超能力を持っている。その力で、聖職者や王様などを陥れて民衆の笑いの種にすることがある。
偉い人を陥れて民衆の笑いの種にする、という点で言えば、『でんじゃらすじーさん』の“(元)校長”が、役職から判断すれば立派ですごく偉い人のはずなのに、ろくなことをしていない。そういうギャップが面白い、という、そういう笑いと同質のもののように思えます。(※)
例えば、(注でも紹介されている)第12話「オイレンシュピーゲルがブーデンシュテット村の聖堂世話人となり、司祭が教会のどまん中に糞をたれ、オイレンシュピーゲルがそれでビール一樽分せしまたこと」という話がある。内容はタイトルの通りなのだけれど、司祭がミサ中にちょっとした失敗をやらかした。それを目ざとくオイレンシュピーゲルが指摘したので、二人の間で口論になる。司祭は「この教会はわしのものだぞ。わしは教会のどまんなかで糞をたれることだって出来るんだぞ」と言った。本当にそんなことができるかビール一樽賭けようとオイレンシュピーゲルが持ちかける。で、司祭は言ったとおりに教会に糞をたれるのだけれど、オイレンシュピーゲルが位置を計ってみたら真ん中ではなかったのでビール一樽は彼がせしめたというわけです。
(一応補足しておくと、司祭の意図は、糞をできる=それだけ聖堂は自分の自由に出来る というつもりだった)
・・・ね? (同意を求める)
上に君臨してる人間というのは、君臨しているというだけで下の人間を抑圧します。(たとえ、ほんとにその人たちが立派な人であったとしても)抑圧に耐えかねた下の人たちが鬱憤を晴らすために、彼らを“笑い飛ばす”という方法をとる事がある。それは実際に彼らを役職から引きずり降ろす事が目的ではなくて、あくまで、上から抑圧されているというストレスから自分たちを感覚的に解放することが目的なのです。
だから、別に君臨するその人たちは悪ものにはならない。あくまで、笑いの種ということです。普通に生活していてもなかなか笑いの種にはなってくれないんだけれど、英雄がその能力で貶めてくれるおかげで笑える、というわけ。“ある人々にとって良いこと”というのは「笑いをもたらす」ということでもいいんです。
(ちなみに、“ある人々”といっているのは、“それ以外の人々”にとっては不利益になる場合が多々あるからです。「笑いをもたらす」にしても“笑われる方”にとってはそんなに嬉しいことではない。)
※ “(元)校長”は自ら威張り散らしてるので、その笑いの種たる性質を引っ張り出す必要はないのだけれど、その行為に拍車をかけるじーさんのような存在(じーさんが被害者であれ、加害者であれ)によって、さらに貶められる・・・という構造だと思う。「ティル・オイレンシュピーゲル~」の場合は、オイレンシュピーゲルが人物から笑いの種になる性質を引っ張り出す。
だから、
キ●ンビール工場のような髪型の彼は
英雄になれるかもしれないんだよ。
*ここにアマゾンアソシエイトプログラムがありました*
下ネタはかなり過激です。好きな方、免疫のある方/つけたい方にはお勧め!
とんち話としては面白い類だと思いますし、なによりこんな話が岩波にっ!?という驚きも。
とっつきにくかった(口角を指で引っぱって)岩波文庫デヴューにもお勧めです。
・ ・ ・
追記/ しまった!超能力を使って偉い人を陥れる話を引用するべきだった!
第15話「オイレンシュピーゲルが医者というふれこみでマクデブルク司教の博士に調剤し、騙したこと。」とかのほうがよかった。・・・おっきな書店で探してみてね!
すでに第12話でもみられたようにオイレンシュピーデルの話には糞の話が非常に多い。(中略)糞をめぐる民俗は極めて多様であって、古来予言や予防、薬、悪霊祓いのまじないなどいろいろな用途があった。ここでは単純に臭いもの、嫌うべきもの典型として用いられている。しかし単に嫌うべきものではなく、これを自分の中から生み出したという親密な関係にあるものなのである。オイレンシュピーゲルはいつでもとてつもなく臭いおならと糞を大量に放つ事ができた。これも常人のできることではない。英雄の条件を満たしていたのである。
〔訳/阿部謹也『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫) 解説より引用〕
そんなわけで、キ●ンビール工場のような髪型の彼は
英雄になれるかもしれない!
・・・<英雄>って何?という疑問を仰られる方もいると思います。簡単に言えば“ふつうの人に出来ないことができる人”で、かつ“ある人々にとって良いことをした人”です。神さまから火を盗んで自由に使えるようにしたプロメテウスのように、何かしらの技術を人間にもたらした英雄は<文化英雄>というふうにも言われます。
さて、上記『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫)の注から引用したのですが、このオイレンシュピーゲルという人は“糞や屁を自在に出す”という超能力を持っている。その力で、聖職者や王様などを陥れて民衆の笑いの種にすることがある。
偉い人を陥れて民衆の笑いの種にする、という点で言えば、『でんじゃらすじーさん』の“(元)校長”が、役職から判断すれば立派ですごく偉い人のはずなのに、ろくなことをしていない。そういうギャップが面白い、という、そういう笑いと同質のもののように思えます。(※)
例えば、(注でも紹介されている)第12話「オイレンシュピーゲルがブーデンシュテット村の聖堂世話人となり、司祭が教会のどまん中に糞をたれ、オイレンシュピーゲルがそれでビール一樽分せしまたこと」という話がある。内容はタイトルの通りなのだけれど、司祭がミサ中にちょっとした失敗をやらかした。それを目ざとくオイレンシュピーゲルが指摘したので、二人の間で口論になる。司祭は「この教会はわしのものだぞ。わしは教会のどまんなかで糞をたれることだって出来るんだぞ」と言った。本当にそんなことができるかビール一樽賭けようとオイレンシュピーゲルが持ちかける。で、司祭は言ったとおりに教会に糞をたれるのだけれど、オイレンシュピーゲルが位置を計ってみたら真ん中ではなかったのでビール一樽は彼がせしめたというわけです。
(一応補足しておくと、司祭の意図は、糞をできる=それだけ聖堂は自分の自由に出来る というつもりだった)
・・・ね? (同意を求める)
上に君臨してる人間というのは、君臨しているというだけで下の人間を抑圧します。(たとえ、ほんとにその人たちが立派な人であったとしても)抑圧に耐えかねた下の人たちが鬱憤を晴らすために、彼らを“笑い飛ばす”という方法をとる事がある。それは実際に彼らを役職から引きずり降ろす事が目的ではなくて、あくまで、上から抑圧されているというストレスから自分たちを感覚的に解放することが目的なのです。
だから、別に君臨するその人たちは悪ものにはならない。あくまで、笑いの種ということです。普通に生活していてもなかなか笑いの種にはなってくれないんだけれど、英雄がその能力で貶めてくれるおかげで笑える、というわけ。“ある人々にとって良いこと”というのは「笑いをもたらす」ということでもいいんです。
(ちなみに、“ある人々”といっているのは、“それ以外の人々”にとっては不利益になる場合が多々あるからです。「笑いをもたらす」にしても“笑われる方”にとってはそんなに嬉しいことではない。)
※ “(元)校長”は自ら威張り散らしてるので、その笑いの種たる性質を引っ張り出す必要はないのだけれど、その行為に拍車をかけるじーさんのような存在(じーさんが被害者であれ、加害者であれ)によって、さらに貶められる・・・という構造だと思う。「ティル・オイレンシュピーゲル~」の場合は、オイレンシュピーゲルが人物から笑いの種になる性質を引っ張り出す。
だから、
キ●ンビール工場のような髪型の彼は
英雄になれるかもしれないんだよ。
*ここにアマゾンアソシエイトプログラムがありました*
下ネタはかなり過激です。好きな方、免疫のある方/つけたい方にはお勧め!
とんち話としては面白い類だと思いますし、なによりこんな話が岩波にっ!?という驚きも。
とっつきにくかった(口角を指で引っぱって)岩波文庫デヴューにもお勧めです。
・ ・ ・
追記/ しまった!超能力を使って偉い人を陥れる話を引用するべきだった!
第15話「オイレンシュピーゲルが医者というふれこみでマクデブルク司教の博士に調剤し、騙したこと。」とかのほうがよかった。・・・おっきな書店で探してみてね!
※ 今月はちょっぴりエッチなネタがあります。想像力が巧みな方・苦手な方はご注意ください。
仮面ライダーフォーゼのメットのデザインはロケットのはずなんだけれど、
うちでは米の形に似ているからといって「おコメさん」と呼ばれている・・・
(母が言い出したことです)
今月はおコメさんスイッチのおまけがかっちょイイですね。
カチカチやってて楽しいやら、悦にいるやら。うふふ。
仮面ライダーフォーゼのメットのデザインはロケットのはずなんだけれど、
うちでは米の形に似ているからといって「おコメさん」と呼ばれている・・・
(母が言い出したことです)
今月はおコメさんスイッチのおまけがかっちょイイですね。
カチカチやってて楽しいやら、悦にいるやら。うふふ。
毎回忘れるのだけれど、発売月+2ヶ月が発売号数ですね。
だから、3月21日発売のものは5月号だ。ややこしいね。
さて、5月号なのにこの時期は学期初めおよび新入学おめでとうございます。
気持ちも新たに今年の春をはじめましょうv ということで・・・
今月のわざぐぅ感想です。(しまった、感想ブログ移転は今月号からにすればよかった!)
だから、3月21日発売のものは5月号だ。ややこしいね。
さて、5月号なのにこの時期は学期初めおよび新入学おめでとうございます。
気持ちも新たに今年の春をはじめましょうv ということで・・・
今月のわざぐぅ感想です。(しまった、感想ブログ移転は今月号からにすればよかった!)