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深水ニシンの個人サイト「あらしののはら」管理用ブログです。
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最近、スマホになって文章作成アプリが縦書き表示されて見やすい!
と喜んでます。深水ニシンです。

『わざぼー』『わざぐぅ!』の二次創作、
捏造続編(=オリキャラが絡む)
を書いていて、
まーってこんな人だったかなぁ……と思ったので、冒頭部分だけ置いといてみます。

まーさまが主役です。私の中で。


拍手



* * *

 技神まーは沼のほとりで目を覚ました。
 後頭部に固いものが当たって痛かったので、すぐに身体を起こそうとした。手に力を込めると皮膚の表面で何かが割れる。仰向けのまま顔の前に手のひらを持ってくると泥がこびりついていた。乾燥した塵がふってくる。いそいで目を閉じたが間に合わず異物が内まぶたをごろごろ回る。汚れた手でこすりたくなくて、何度も瞬いて涙目になる。顔の筋肉にあわせて動いた皮膚にも違和感があった。半身を起こし、からだの様子を確認すると肩も足も胸のあたりにも泥がこびり付いていた。全身汚れているらしい。早く洗い落としてしまいたい。
 あたりを見回すと左手に沼があった。鬱蒼と茂る木々に囲まれながらその上空は開けて、白い空が広がっている。妙にすがすがしい感じの見覚えのない景色である。

――ここはどこだ?

 今に至るまでの記憶がない。
 静かだ。
 ぬるい空気だ。風はない。虫がいない。
 動物の気配がまるでない。早朝か。皆眠っている時分である。あるいは、この薄暗さは曇天のせいで、天候の荒れに備えて身を潜めているのかもしれない。沼の中に動物を探して目を凝らすも、濁っていて中は見えなかった。
 周囲は森か、ジャングルか。ここを形成している植物の正体を知らない。やたらと目につく赤い茎と蛍光イエローのふのはいった葉はなんとなく南国のイメージだし、白い花もそんな感じがする。白菜に似た葉の塊みたいな植物も生えていて、こんなものが自生しているところを今までに見たことがなかった。
 10~30メートル程の木々が密集して生えており、自分がいる空き地は貴重らしいことが分かる。沼に根が浸かって片足を突っ込んだようなのもある。太い幹の隙間を埋めるように細い幹が並ぶ単調な奥行きが続いていて、向こう側は見えなかった。
 まーは眉をひそめた。
 木々のようすがまるで野次馬に囲まれたときの景色に似ていたからだ。太さ、高さの区別はつくが、どれもこれも似たり寄ったりで特別の個性は認められない、それらに逃げ道を塞がれているようだった。彼らは一定の距離をたもちながらも確実に押しつぶそうとしてくる。
 拍手、歓声、ブーイング。観衆たちがたてる音が脳裏によみがえってきた。頭が重い。一つ一つの主張がまるで一個の雑音にしかならないという状況に彼らはどうして耐えられるのだろう?
 実際の景色は違っている。木々は沈黙して立っているだけだ。沼も穏やかで光を反射する水面を歩けるのではないかと錯覚するほどだ。あるいは、時間が止まっている、とさえ思う。
 ここはどこなのか。どうして泥まみれなのか。なぜ地面に横たわっていたのか。自分の身に起きていることが何一つわからず、まーは騙されているような気持ちがした。

 ふいに、強い風に背後から煽られる。
 身体を折って勢いを受け流していると、背にかかるほど長い髪が巻きあげられ、さながら敵襲に備えるヤマアラシのような姿に一瞬なる。髪はまーの身を覆った。
 首を持ちあげて何が起こったのか確認しようとした。この風が天然のものではないらしいことは、自分の周囲一帯の木しか揺れていない風景の奇妙さから察する。再び背を丸めて背後を見ようと腋と髪の間から覗くと、鮮やかな青があった。モルフォ蝶のような瑠璃の光沢が薄明かりに浮き上がっている。
 風圧は持続しないらしい。そのまま身を起こして上体をひねる。顔に何も当たらないのを確認して閉じていた目を開けると、人の大きさほどの青い鳥が羽をたたんでまーを見下ろしていた。
 鳩に似ている。オレンジ色の目はまるで何を考えているのかわからない、冷やかさすら感じる。愛嬌がない。こ首を傾げる仕草もなんとなくムカつく。
 小さなくちばしに人を捕食するような獰猛さはないとタカをくくって、この鳥を睨み返した。

「何だ、テメェ……」

 人語を理解しそうにない鳥に語りかけるなんて、ちょっとしたメルヘンである。頻繁に左右に首を傾ぐ様子は話が通じていないとジェスチャーしているかのように見えて、ますます腹が立つ。――これも彼が鳥を擬人化しているからに他ならないのだが。
 まーはさらにムッとして無視しようとしたが、巨大な鳥に背を向けるのは怖い。鳥が飛び去るか、あるいはまったく害がないと分かるまでは目を離せなかった。
 そちらへ身体ごと向き直ろうと身じろぎしていると、鳥はゆっくり歩きだした。からだを前後に揺らしながらまーに近寄ってくる。逃げなければならない! と思うが身体が思うように動かず、尻餅をついたような姿勢で悲鳴をあげた。自分で考えていたよりも怯えているらしいことに愕然とした。掴んだ土を投げつけてみたが、鳥は動じない。見る間に距離をつめて、まーのすぐ手前まで来ると向きを変え、沼の際で止まった。
 ぴょこんと軽く飛び跳ねて鳥は沼に沈んでいった。

――ブクブクブクブクブク……

 泡が消えて、結構待った。何か起こるんじゃないかという期待を裏切られたことになる。が、何も起こらなくても事件である。死んだのか? たった今出会ったばかりのいわくありげな鳥との別れがこんなかたちになるなんて。
 腰をかがめて沼を覗きこんでいたまーだったが、代わり映えのない様子に飽きて、空を見上げた。真っ白の空も見た目だけは相変わらずだ。
 虫もいない、植物だけが生い茂る景色は明きらかになりつつあった。雲が晴れる様子はないが徐々に日が高くなっているらしいことが分かる。それなのに、生きて動けるのは自分ひとりきり。いや、自分以外にもいたが死んでしまった。あの生きものの迷いのない動作からは決心さえ感じられた、ような気がした。
 そのためにやってきたということはないか。そのための沼なのではないか。ここはそういう場所だからそんなふうにして、皆命を落としたんじゃないか。
 あたりに動物の気配がないことさえ沼のせいにするのは、流石に馬鹿馬鹿しかった。自嘲気味にまーの頬がゆるむ。
 急に記憶が明瞭になった気がした。自分がここにいる理由なのかもしれない、という絶望がよぎる。泥まみれなのはそのせいなのだろうか。それなのに、自分は打ち上げられたのか。あるいは、誰かに引き揚げられて土の上に横たわっていたのか。
 それは誰なのか?
 なぜ?
 鳥が飛びこんだ波紋がいつまでもおさまらず荒れている。波間に見え隠れする泥の塊は鳥の死骸に違いない。まーは目をそむけていた。自分の末路がこうだと突きつけられているようで気分が悪い。

 *

 正面に見える天井の壁紙がジワジワ剥がれてるんじゃないか、というのは日増しに確信が強まっていた。今はあれから何日目か。以前はどうだった、というのも1センチぐらいに丸まった縁のところを眺めていたって思い出せそうもない。日々は過ぎて、一ヶ月、二ヶ月……。クリスマスにサンタクロースが来なかったのも、正月にお年玉を貰えないのも、気がつけば高校受験の勉強ですっかりどうでもよくなっていた。担任の勧める近所の公立に進学するのはそれほど難しくはなかった。
 それから、卒業式の式典練習で名前を呼ばれるまでは地獄のようだった。
 〈技神まー〉はワ行だから、五十音では後ろの方になる。なかなか呼ばれもしないのに正しい姿勢以外で座るなというのは、何のための椅子なのかと問うてみたくなる。だが、いざ本当に質問すると馬鹿にされるので、やめる。名前の方ならマ行でイチバンだ、とごくごく狭い範囲でのことを思い浮かべて気を散らす努力は、虚しい。なぜ自分は五つつあるクラス分けのE組なのか、と普段どうでもいいようなことに腹を立てずにはいられなかった。
 それを本番と合わせてニ回もやっている。こりごりだ。
 傍で丸まっていたタオルケットを引き寄せて、端っこを探しだし、広げて、まーはもう一度身体にかけた。さしあたり寒くはないし、除けたのは暑かったからだろう。所作はほとんど自動的におこなわれた。眠っている間もまた無意識である。その間、変な夢を見たのはなお悪い。いっそ夢なんて見なければいいと思いながら、冥想のつもりで目を閉じる。
 真っ暗なそこはわざ武王の腹の中だったように思う。イチバンになるには偉い人間になれとは誰からともなく言われていたことだ。優れた者には誰も逆らえない。それが世界で最も強いことを証明するハズではなかったか。わざ武王の言うことは腑に落ちるものだった。強い者に弱い者は淘汰される。そうして生き残った者が勝者であり優れている。覇者として地上を支配する者こそ偉大な存在である。
 これは自然の摂理であり、逆らうことはできない。
 まーは、思い出しながら受験で覚えた食物連鎖の図を頭に浮かべる。地上最強として頂点にいる存在は鳥だ。だから、あれは悪夢だった。その鳥が沼に身投げしてしまうのだから。無風のぬるい空気が充満した一帯に虫はいない。動物の気配がまるでない。名前もわからない雑多な植物たちが取り囲んで、なんでもないことのように突っ立って見ている。まーも黙っているしかなかった光景に呻いて、瞼にギュッと力がはいる。あれは、曇天の朝のぼやけた白い明かりの中で行われていた。
 そう思った途端に、力が抜けて瞼に光が入り込んできた。
 朝である。
 まーは飛び起きて着替えをはじめた。ブレザーを肩にひっかけた中途半端のまま冷蔵庫を開ける。取り出した一リットル牛乳パックの注ぎぐちからそのまま口に流し込んで、三分の一ぐらいだった残量を飲み干した。空は玄関に転がしておいた。靴をちゃんと履く方が優先事項だった。回覧板で空き巣が横行してるというから、どんなに急いでいてもドアの施錠は確認する。ノブを引っ張って鳴らした金属の組み合ったもの同士がぶつかる音を合図のように、身を翻しダッシュする。鞄の持ち手に付けてある腕時計を見ると、八時を過ぎていた。どう考えても出欠確認に間に合う気がしない。それでもまーは走った。皆勤賞がかかっていたからだ。
 根元を立たせた背も隠れるほどの黒髪が左右に揺れ、尾をひきながら道を駆け抜けていく。スピード感よりも、見た目の迫力が朝の通行人を驚かせていた。前髪が金髪メッシュの鋭い目つきの少年が、険しい表情なのは何事かと思う人がいても、誰も話しかけない。暇な人が交番に言いに行ったかもしれないが、まーの知ったこっちゃない。すれ違う人が連れている犬を蹴りそうになって舌打ちし、カラーコーンを蹴っ転がしたら大体のところに立たせて、とにかく走った。誰にも邪魔はさせない。ゴールデンウィーク明け早々、挫折するわけにはいかなかった。
 角を曲がると道のど真ん中に何かが立っている。急だったので進路を逸れることが出来ず、立ち止まるしかなかった。止まった途端に呼吸の荒いのが鬱陶しく、胸のあたりが起伏する。立ったまま両手を膝について顔を上げると、視界が上下に揺れた。落ち着いてそこにあるものを確認すると、逆光でシルエットだけが切り取った紙みたいにはっきりしている。腰の高さぐらいの長さで、上になったほうの先端に丸いものがついた棒が、地面に立ち上がっていた。まーには見覚えのあるものだった。
 大きな目をまん丸に見開いて、眉間にばかり力が入る。まーは鼻から下が脱力していくのを感じた。荒い呼吸で絞りだそうとする声が震えるのがわかる。腹にうまく力が入らないのだ。

「わざ、ぶ……」

 まーはかつて支配者だった。絶対的な力をもつ〈それ〉を手に猛威を奮い、他を従えた。逆らう者を排除した。強者だった。食物連鎖のトップに君臨していたはずだった。しかし、まーはあっけなく〈それ〉に食べられてしまう。〈それ〉は自然の摂理であり、抗うことは不可能だった。まーは弱かったから。
 自身を世界の帝王だと声高に叫んでいたものは、武器であり、怪物であり、まーの故郷の惑星である、唯一絶対の偉大な存在。
 まーは激しい景色の歪みを見ていた。焦点が定まらない。周囲一帯にあるものに違和感を覚えて、混沌に佇んでいる気持ちだった。コンクリートで舗装された道の脇に民家の塀が続いている。すぐ右手は分譲の看板をだした空き地でずっと売れず、雑草の繁茂を抑える黒いネットが地面に張りついて覆っている。電線が渡る広い空が頭上にある。まーが三年前に地球に来てからの普段の通学路であるはずなのに。
 太陽に明るく照らされた景色の中に、あるべきでない〈それ〉が再び目の前にいる。また、あの頃がやってくるのか、とまーの胸は高鳴っていた。嬉しいからか、嫌だからかはっきりしなかった。イチバンになりたい、強者になりたい、他人は邪魔だ。なぜなら、自分は彼らより優れていなければならないから。そうじゃなければ、食い殺されてしまうのが、現実なのだ。

「技神まー」

 呼びかける声が聞こえて、まーの呼吸が止まる。雲が流れて、日差しの加減が変わると、目の前のものの色彩や立体的な造形が浮かび上がって見えてきた。

「よぉー、兄弟! 元気か? そうはいってもはじめましてかー。うははは、悪い悪い。こっちに来たのはついこないだの田舎モンでぇ、出稼ぎの風来坊ってもんだ。そんじゃ、誰も相手にゃしてくれねーのなんの。はぁ……ハハハ。な、兄弟?」

ーーどちら様でしょうか?

 まーはまったく存じ上げなかったので、親しげに笑いかけてくる目の前の奇妙な物体に面喰らっていた。

【はてさて……?】
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