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深水ニシンの個人サイト「あらしののはら」管理用ブログです。
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以前、この記事(要パスワード:parrot) に、
全体の流れを書いたものを文章に書き起こそうとしています。
まだまだ書きかけですが、ご興味のある方はどうぞ。



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* * *


 「兄さん!」

 声は反響して遠ざかっていった。そのタイミングで発せられるのは不意のことなので、場にいた誰もが声の主のことを見た。

 「…兄さん…」

 自分たちの後方に残響が通りすぎて、目の前の相手の声が背後に聴こえてくる妙な瞬間がある。
 会場は分厚い石壁が囲み、外界の一切を遮断されている。古城めいた壁面は天井の蛍光灯に青白く照らされてブロックの繋ぎ目模様がくっきり見える。天井を支える柱はルネサンス風だが、掘削した岩穴のようにデコボコの床から生えている。
 デタラメだ。時代がかっているのか近代的なのか、内装の統一感のなさに舞台設定の練り込みの甘さや、建築に対する関心の薄さがみてとれる。
 いや、この場合デタラメとは、想像力巧みな知識人を自称する人々を形容する言葉とすべきだ。
 つまり、この内装に逐一突っかかったところで、理路整然とした知識そのままのルネサンス然とした、あるいはヴィクトリア調、はたまた縦穴式の洞穴の様相に統一してリフォームされるなんてことは起こりっこない。
 また、ここが既存の何かと類似するゆえに、なんらかの説明が可能になると思ってはいけない。もし、ある事象を例に、ここが文化の合流地点だと仮定したとしても、絶対にありえない。そんなことを知らせる手がかりは仕込まれていないし、どうでもよいことである。
 ただ、感じればいい。壁面、床の石の質感が蛍光灯の寒々しい色の灯りに浮かび上がる閉鎖された広ーい空間がなんだか重苦しい雰囲気なのだ、と。
 余計なことに気をとられていると忘れてしまいそうになる。残響は高音が鳴るのみで言葉としてはもう聞き取れなくなっていた。声はそこにいる細身の男が発したものだった。

 「こんなところで会うなんて思わなかったよ。試合、楽しみだ…!」

 呼び掛けたときよりは控えめな声だ。少し気まずかったらしい。顔を合わせたばかりの他の三人は一様にポカンとしており、男が誰を呼んだのか傍目にはわからない。
 集まった四人は、誰もいない空間に広がるむき出しの岩の地面ではなく、これまた風景のなか唐突に設置されたロープが囲む四角いリングの上にいた。ボクシングのそれより2周り広い。四人はそれぞれの隅に立ち、中央に向き合っていた。
 1人がクリアファイルと先ほど声を発した男を見比べながら、それぞれの視線が交差する位置まで前へ出た。

 「えー、と。グレート輝さん。お兄さんとの再会を喜んでいるところ申し訳ないですが、試合の進行とルールの説明をさせてもらいますよ」

 スーツパンツを履き、Yシャツのボタン上二つを止めず崩れた襟元に無理やり蝶ネクタイを結んでいる格好で、いかにもくたびれたレフリーだ。グレート輝と呼ばれた男は笑顔で取り繕いながらすまなそうに首をすくめた。
 レフリーはクリアファイルで顔を扇ぎながら暑いといったふうに視線を宙に泳がせ、一つ大きく息を吐いてから試合の説明をはじめた。

 「集まっていただいた戦士のお三方に戦っていただきますが、一人が倒れたらそこで試合終了です。つまり、お二人が勝ち抜けで次のステージに進めます。そして、一人だけ負けということになります。ここまでよろしいですか?」

 レフリーは確認のため、三人の顔を見比べた。グレート輝は口許に笑みを浮かべながら闘志を眼光にみなぎらせているのに、他の二人からはやる気が見えてこない。
 輝に呼び掛けられた兄はどちらだろう。資料に記載がないので断定するのは尚早だが、輝と同じ形のグローブを両手にはめているヘンゼル戸田のほうだろう、と思う。
 もう一人の裏血まタローは、そもそも人のかたちをしていない。子どもの頭ぐらいの大きさの灰色いボールのような身体から糸みたいな手足とあと三本頭髪らしきものが生えている。(配置から想像したパーツで正解かどうかあやしいが) 表情からは感情が全く読み取れず、つぶらな瞳と口は開きっぱなしで固まっている。何か小声で呟いているが意味までは聞き取れない。稚拙ならくがきにも似た愛らしいような姿ではあるが、不気味な様子である。
 しかし、戸田もまた不可解だった。憮然として、まるで空気のように静かだった。筋肉質で厚い胸板から丸太のような腕が生える立派な体格の男ゆえ堂々としてみえるが、覇気がない。お面のように強ばった顔をよくよく見ると、ギョロリとした目元と鼻のかたちが輝と似ている。
 やはり兄はヘンゼル戸田だろう、とレフリーは頭の中で断定した。
 ふいに輝が訊く。

 「誰を脱落させるかを決める戦い、ってことだよね?」

 驚いて睨むように見てしまったが、輝はレフリーを見ずに正面の中空に視線を定めていた。
 彼は特に何かを見ようとはしていない。ポスンポスン、とわざとらしく音を立てて両手のグローブ同士を突き合わせたり、足首の運動を左右交互にしたり落ち着かない様子だ。これから勝負を決めに行くと自分に言い聞かせる儀式のようなことをはじめていた。すでに戦闘の構えにはいっているのである。
 輝は勝手に喋りつづけた。

 「兄さんとは小さい頃から競い合って、この大会のチャンピオンを目指して戦ってきたけれど・・・・ まさか、こんなところでぶつかってしまうなんて思ってなかったよ」

 眼球の表面が光るように潤んだ。眉間に力がはいり、筋肉が動いたからだ。
 ヘンゼル戸田は気がついて、かすかに目を見開き、弟の眼差しに答えた。瞬間、戸田の目の中にも光が灯り、石像のように硬直していた表情が解けていく。

 「兄さんとはこんなところじゃなくて決勝でぶつかりたかったよ!」

 兄弟は見つめ合った。弟の動作を繰り返すように、戸田も両手のグローブを胸の前でうち合わせると、輝ははにかんだように口のはしを吊り上げた。

[2015.7.18]
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