深水ニシンの個人サイト「あらしののはら」管理用ブログです。
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(旧題:今月の『わざぐぅ!』感想)
2012年3月号の感想です。
お待たせしました!待っていてくださった方ありがとうございます。
今月号はなんだか私には笑えないお話でしたね~(^^;
作品に否定的な感情をもったということではなくて、
私自身の人生・経験などから照らし合わせると今回のお話はあまり“面白くない”。
や、作品としては面白いんです。ただ、中で展開されている出来事が・・・
わたしにとっては面白くなかったんです・・・(汗
どっから何を言ったらいいのかわかんないぐらい動揺してます;
・・・とりあえず、全然関係ないところを話題にすると
らくがきの <なまえをつけてください> のキャラクターは
“ぼくはカニが食べたい”が良いと思います。
そういう顔をしている。そういう身体をしている。ぼくはカニが食べたい。
ゆえに無口なんですよ。カニ食べてるから・・・
や、そんなことはどーでもいいですね;
「ゲタばこにゲタが入っているのみたことない」も、
温泉街でお座敷のある食事所へ行けば、きっと下駄のはいった下駄箱をみられる、
とか、そんなこともどーでもいいですよね;
うわぁああぁぁああ・・・
今月は挿絵がありません。
2012年3月号の感想です。
お待たせしました!待っていてくださった方ありがとうございます。
今月号はなんだか私には笑えないお話でしたね~(^^;
作品に否定的な感情をもったということではなくて、
私自身の人生・経験などから照らし合わせると今回のお話はあまり“面白くない”。
や、作品としては面白いんです。ただ、中で展開されている出来事が・・・
わたしにとっては面白くなかったんです・・・(汗
どっから何を言ったらいいのかわかんないぐらい動揺してます;
・・・とりあえず、全然関係ないところを話題にすると
らくがきの <なまえをつけてください> のキャラクターは
“ぼくはカニが食べたい”が良いと思います。
そういう顔をしている。そういう身体をしている。ぼくはカニが食べたい。
ゆえに無口なんですよ。カニ食べてるから・・・
や、そんなことはどーでもいいですね;
「ゲタばこにゲタが入っているのみたことない」も、
温泉街でお座敷のある食事所へ行けば、きっと下駄のはいった下駄箱をみられる、
とか、そんなこともどーでもいいですよね;
うわぁああぁぁああ・・・
今月は挿絵がありません。
* * *
【 戦いの崖 ★ ルール確認 】
前回負けてしまったももタロー君でしたが、負けても失格ではなかった。
そのときも同じようなことを書きましたが、
この崖のぼりは「○勝○敗」と戦績が出てくるので、勝ち残り戦でチャンスは一度きり!!ってのではなくて、バトルをくり返すごとに各挑戦者達のプロフィールが戦績として形成されていき、それを誰かしらが判断して頂上にいるらしい伝説の戦士と戦う者が選ばれる・・・というちょっとしたオーディションみたいなものなんじゃないか
はてさて、どうなのでしょう。
作品自体に書かれていた「戦いの崖」のルールは
「ぐふふ・・・この「戦いの崖」は・・・、戦士たちが戦いあい・・・、
勝ったものが上にいけるシステムらしいだ。」
と、1巻1話目でカッチカチ山田さんが説明してくれています。
(しかし、この人。こんな特徴のある口調だったのか・・・;)
私の中で<階層を登っていく> という部分がすっぽ抜けていたのですが、どうしてこんな勘違いをしてしまったのか。よくよく読み返してみると、<戦績> は表示されても<階層がどこなのか> はわからないんですよね;
しかも、前回のまタローちゃんの話でもそうでしたが、ももタローは既に8勝しており、スタート地点から8階上に登っているはずなのですが、その階層からまタローはスタートしています。・・・なんか、ズルーイ感じしませんか?(^^;
バトル方式も審判みたいな人が自由にしちゃってるみたい(第5話) なので、スタート地点についてもこの方の思うままなのかもしれません。もっと言うと、勝ったら何階上にいけるのか?対戦ペースはどれぐらいか?・・・なんてことも調整されているかもしれません。
いずれにせよ、まタローちゃんとももタローが再戦するためには2人の階層が重ならなければならないでしょう。ももタローが勝ち続けるだけじゃダメですよね。まタローちゃんが負けて上に登れなかったり、なかなか相手をあてがってもらえず対戦ペースがものすごく遅いとか、まタロー側の事情も色々絡んでくるでしょう。
もしかすると、
二人の戦闘状況に関わらず、審判の気まぐれでぶつかることもあるかもしれない。
・・・なんだ、その人生みたいないい加減ルールは!
『わざぼー』のむむ君は「1週間後、また来てやる」なんて彼の都合でどうすることもできたわけですが、そういう本人の意思でどうにかなるものでもない、というのが今回の「戦いの崖」なのです。うわー、イライラする!
“誇りをかけて戦い、勝利して、頂上の世界一強いチャンピオンを目指す”
というのが「戦いの崖」をのぼる意義なのですが、果たしてこの「崖のぼり」なんかに自身の生き方を握られていいものなのか?というのが悩みどころなわけです(汗)
『わざぼー』以上に受け身の立場におかれた物語ですねぇ~;
この閉塞感が解放へ向かう時はくるのか!?
・・・かっちょよくなると自由になれるの?
【 あきらめないで死ぬほうが100倍カッコいいぜ 】
みみみちゃんのこのスタンスが理解できなかったのですが、
今月号を読んでそれがいかに尊いことなのか、やっと分かりました。
今月はDrブンブクというめちゃめちゃプリティなたぬき君が対戦相手なのですが、彼の“頭の悪さ”といい、回りくどさといい、見捨てられちゃうところといい、自分の人生を振り返るようです!
「本当にピンチになると助けてくれるようにプログラミング」
自分を一番大切にしてくれる自分自身と共倒れなら、ま、いっかー♪
・・・ね。さみしいね。
要求があまりに自分本位で複雑なことだとどうにもならないですよねー・・・
彼は今回がデビュー戦だったのですが・・・次、いける?(^^;
ロボぐらいまた作ればいい。改良すればいい。問題は材料だよぅ。
この件で、ももタロー君を責めることはできません;
ももタローにはどうすることもできない種類のことだったんです!
この先、同じようなことに出くわしたとき対応できればすごくかっちょいい!
そしたら、わたし、ももタロー君に惚れるよ? (惚れなくてよい)
・ かっこよさについて
・・・でね、今回は『わざぼー』を遡って<かっちょいい>について考える事が出来るんじゃないかって思いました。<かっちょいい>つまり<かっこいい>ってことですが、この<かっこいい>って言葉が作中で大々的に登場しはじめたのは5巻「見えない強さとわざぼー」
「あきらめて生きるぐらいなら/
あきらめないで死ぬ/100倍カッコいいぜ」
(※ 略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
というみみみの台詞からでした。
それから、6巻「めんめんの強さとわざぼー」。
「めんめんかっちょいいーーv」
勝利しためんめん対する、やはりみみみの台詞です。
<かっこいい>というのが【自己評価】なのか【他者からの評価】なのか、という問題があると思います。みみみちゃんは自身の生き方として、自分が<かっこいい>と思えるやり方を貫きたいという気持ちをあのように発言していた。これを【自己評価としてのかっこいい】とする。一方、めんめんのほうは、彼自身がかっこいいと思える生き方をしたいかどうかは関係なく、他の人(みみみ)から見て<かっこいい>わけです。これを【他者からの評価としてのかっこいい】としましょう。
みみみもめんめんも【他者からの評価としてのかっこいい】を求めているようではなかったように思われます。彼らには他人の評価を気にしてどうにかしたいという欲求が描かれていませんでした。
しかし、わざぼー使いと言えばもう一人。あいつを忘れちゃいけませんね!
「3回も負けたら完全なザコキャラになる」(BYわざこ)
「もうだれにもザコキャラなんていわせねーよ」(BYむむ)
(※略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
〔6巻「むむの気持ちとわざぼー」より〕
むむ君は気にしていました。自分が<ザコキャラ>とみなされるのではないかということをっ!!(なお、ネット上の一部ファンの間では「誰もそんなことは言っていない」というツッコミがあったのですが)・・・さすが、作中悩みあぐねて凍結しただけのことはあります。細かいことが気になる男・むむ君なのですが、今回は人目を気にして「戦い」にいったわけです。
「オマエわ/そんなつもりで戦ってたんか」
(※ 略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
ゴルデンさんも呆れ顔でツッコんでいます。「カッコつけてゆーな」とも言われる。
自身を<ザコキャラ>に見せないために<かっこつける>むむ君なのです。
“かっこつける”ということは【他者からの評価としてのかっこいい】を求める気持ちから発せられる行動のように思われます。この話の冒頭で、むむはゴルデンに「オレから3分も生きのびようなんて、おまえにゃ無理だよ」と何の根拠もなく宣言する。その姿を見て、みみみはそれがむむの強さだと言いました。
こんな話の運びじゃ、むむはとんだ『ハッタリ野郎』じゃないか、と思われるでしょう。しかし、彼には【他者からの評価としてのかっこいい】を求めて、【自己評価としてのかっこいい】を実感できることをやろうとする。つまり、【自他共に認めるかっこいい】を体現しようと自分自身を投げ打って戦うんです!超かっこいいでしょう?
そして、勝利をおさめたむむ君は
「もうだれにもザコキャラなんていわせねーよ」
と確信を持って言うのです。メチャメチャかっこいいですよね!!
・・・しかし、どうしてそんなにかっこよく見せたいのでしょう?
・ むむの気持ち
「めんめんの強さ」に対して「むむの気持ち」。どうして、むむ君のほうは<強さ>ではなく<気持ち>に重点を置いたタイトルなのでしょう。その答えが、さきほどの<どうしてそんなにかっこよく見せたいのか?>という疑問の中にあるように思います。
いい加減これを読んでる人も飽きてきてると思うので先に結論を言うと
みみみの気を引きたかった
んだと思います。それが“むむの気持ち”ではないか。
励ましに行ったのも、ま城に向かったのも、庇って刺されたのも、みみみの気を引きたかったからじゃないかって思うんです。そのために【自他共に認めるかっこいい】を成し遂げようとがんばったんじゃないでしょうか。
ゴルデンに“仲間のため”に戦っているのかと訊ねられて、むむは口ごもります。“仲間のため”即ち、戦闘で勝利すれば解放される“みみみ”のため、というむむからすれば半ば愛の告白のような発言になるわけですから恥ずかしいですね(^^;)。すかさず、わざこが「3回も負けたら完全なザコキャラになる」という別の理由を言う。それは、むむの【自己評価としてかっこいい】と思えない自分自身を吹っ切りたいという気持ちを言うようでした。
しかし、むむは「だれにも」ザコキャラと言われたくない。【他者からの評価としてのかっこいい】も求めているのです。つまり、自分も「めんめんかっちょいいーーV」みたいに思われたいわけです。特に、めんめんが勝利したあとにみみみがそんなふうに言った直後ですし。・・・果たして、みみみがむむのことをかっこいいと思ったかどうかは、彼の生死を心配して無事を確認した彼女の表情からは察する事ができないのですが。
“仲間のため”を否定したむむは、“みみみのため”に刺されてしまいます。
なんだよ!言ってることと違うじゃねーかっ!!負けて<ザコキャラ>だって言われたくなかったんじゃないのかよー!!とむむファンは泣きながらツッコミをいれるシーンです。
もう少し早い段階で考えるより先に
からだが動いちまったら良かったのにね!
(※ 場を和ませるために下ネタを言ってみました)
今際にめんめんちゃんは自分の事情ばかりを話すのですが、むむ君は突入直前に「死ぬなよ、技々みみみ」と心の中で呼びかけ、彼女の咄嗟のピンチに「考えるより先にからだが動」いてしまった。もう、口ごもっている場合じゃなくて、身体が動いてしまうんです。
その<かっこいい>振る舞いは、他でもない<みみみの気を引きたい>という気持ちを原動力にしている。【自分のため】でもなく、特定しない【誰かのため】でもなく、【愛する人のため】に行動することが彼の魅力として、<かっこいい>として発現されたわけです。
・・・いやぁ、むむ君。最っ高にかっこいいですね!!!!(照
・ 強くてかっちょいい男になる
むむ君の<かっこいい>については【愛する人のため】(照)ということで、説明をつけたいと思うのですが、問題の主人公・みみみちゃんの<かっこいい>ってなんだったんだ?という疑問が拭えない。・・・や、むむ君が一人突っ走って死亡するという、大分違うけど源氏物語の柏木パターンを歩んでいった事が悔やまれてならないわけです。
――あわれとだにのたまわせよ・・・みみみちゃーんっ!!
もうちょっと、みみみちゃんに親身になれば理解できると思うんだけどね;
あまりにむむ君のかっこよさにシフトした読み方をしてたので“誰にも消えてほしくない”という全方位に向けた<かっこよさ>を、わたしは<かっこいい>とは思えませんでした(汗
これは、源氏研究をするときに「女三宮ぁ?軽薄で薄情な女ね!」といって、半ストーカー状態の柏木に肩入れしちゃう心理に似ているかもしれない; や、でも柏木は気持ち悪いんだよ!ねうねう。(※ 解釈には個人差があります)
・・・そんなことはいいとして、みみみは自分の生き方について自身の戦う理由であるところの“誰にも消えてほしくない”をあきらめないで、崩れゆく塔から自分だけ逃れるよりも、まだ生きている技神まーを見捨てないという選択をした。そのまま二人は瓦礫に飲まれていくという顛末なのですが、これが「あきらめないで死ぬ/100倍かっこいい」ことなのかと言われると・・・あんまり、なわけです;
確かに、みみみへのアピールを「あきらめないで死ん」だむむ君というのはカッコよく見えたんだけれど、みみみちゃんの信念については“誰にも消えてほしくない”という壮大すぎる願いなわけです。「あたしが強くなる」とかいう問題ではなくて、誰もがそれぞれに気持ちを持っているのですから、そのために行動を起こしていった結果消えてしまうかもしれない。そういうことまでコントロールしようと言うのでしょーか、みみみちゃーん。
「あたしが強くなる」とみんなが消えない世界と言うのは、みみみちゃん自身が絶対的な支配者という<強者>として君臨しない限り実現しないのではないでしょうか。それは、この作品の中で猛威を振るう“わざ武王”その人の行いと重なっていくように思われます。・・・お、恐ろしい話だ!!
むむ君っ!!
もう、君が押し倒すしかないってば!!!!
(※ 話をそらすために下ネタに逃げてみました)
ということで、<かっこいい>を求める気持ちとしてそういう怖さがあるんじゃないか、と思うのですが、ももタロー君はどうして<強くてかっちょいい男>になりたいのでしょう。今のところなんとなーく、そうなりたいという漠然とした気持ちしか察する事が出来ないのですが、【自己評価としてのかっこいい】なのか【他者からの評価としてのかっこいい】なのか【自他共に認めるかっこいい】なのか。
今思えば、イッスンのチビ子さんへの一途さが「戦いの崖」を制覇するという目標に向けて突き動かしたという、原動力の点では、むむ君と通じるものがありますね!
・・・ハナクソだったけど!!
*
とりあえず、あきらめないで死んでもいいって思えるほど価値を置く<かっこいい>じゃなければ、ハナクソウンコってことですね!ギンちゃんカムバーックっ!!!
※追記:
【愛する人】って表現は恥ずかしいな・・・
【好きな子】ぐらいが相当かも。とりあえず、皆さんのお好みの表現でどぞ;
【 戦いの崖 ★ ルール確認 】
前回負けてしまったももタロー君でしたが、負けても失格ではなかった。
そのときも同じようなことを書きましたが、
この崖のぼりは「○勝○敗」と戦績が出てくるので、勝ち残り戦でチャンスは一度きり!!ってのではなくて、バトルをくり返すごとに各挑戦者達のプロフィールが戦績として形成されていき、それを誰かしらが判断して頂上にいるらしい伝説の戦士と戦う者が選ばれる・・・というちょっとしたオーディションみたいなものなんじゃないか
はてさて、どうなのでしょう。
作品自体に書かれていた「戦いの崖」のルールは
「ぐふふ・・・この「戦いの崖」は・・・、戦士たちが戦いあい・・・、
勝ったものが上にいけるシステムらしいだ。」
と、1巻1話目でカッチカチ山田さんが説明してくれています。
(しかし、この人。こんな特徴のある口調だったのか・・・;)
私の中で<階層を登っていく> という部分がすっぽ抜けていたのですが、どうしてこんな勘違いをしてしまったのか。よくよく読み返してみると、<戦績> は表示されても<階層がどこなのか> はわからないんですよね;
しかも、前回のまタローちゃんの話でもそうでしたが、ももタローは既に8勝しており、スタート地点から8階上に登っているはずなのですが、その階層からまタローはスタートしています。・・・なんか、ズルーイ感じしませんか?(^^;
バトル方式も審判みたいな人が自由にしちゃってるみたい(第5話) なので、スタート地点についてもこの方の思うままなのかもしれません。もっと言うと、勝ったら何階上にいけるのか?対戦ペースはどれぐらいか?・・・なんてことも調整されているかもしれません。
いずれにせよ、まタローちゃんとももタローが再戦するためには2人の階層が重ならなければならないでしょう。ももタローが勝ち続けるだけじゃダメですよね。まタローちゃんが負けて上に登れなかったり、なかなか相手をあてがってもらえず対戦ペースがものすごく遅いとか、まタロー側の事情も色々絡んでくるでしょう。
もしかすると、
二人の戦闘状況に関わらず、審判の気まぐれでぶつかることもあるかもしれない。
・・・なんだ、その人生みたいないい加減ルールは!
『わざぼー』のむむ君は「1週間後、また来てやる」なんて彼の都合でどうすることもできたわけですが、そういう本人の意思でどうにかなるものでもない、というのが今回の「戦いの崖」なのです。うわー、イライラする!
“誇りをかけて戦い、勝利して、頂上の世界一強いチャンピオンを目指す”
というのが「戦いの崖」をのぼる意義なのですが、果たしてこの「崖のぼり」なんかに自身の生き方を握られていいものなのか?というのが悩みどころなわけです(汗)
『わざぼー』以上に受け身の立場におかれた物語ですねぇ~;
この閉塞感が解放へ向かう時はくるのか!?
・・・かっちょよくなると自由になれるの?
【 あきらめないで死ぬほうが100倍カッコいいぜ 】
みみみちゃんのこのスタンスが理解できなかったのですが、
今月号を読んでそれがいかに尊いことなのか、やっと分かりました。
今月はDrブンブクというめちゃめちゃプリティなたぬき君が対戦相手なのですが、彼の“頭の悪さ”といい、回りくどさといい、見捨てられちゃうところといい、自分の人生を振り返るようです!
「本当にピンチになると助けてくれるようにプログラミング」
自分を一番大切にしてくれる自分自身と共倒れなら、ま、いっかー♪
・・・ね。さみしいね。
要求があまりに自分本位で複雑なことだとどうにもならないですよねー・・・
彼は今回がデビュー戦だったのですが・・・次、いける?(^^;
ロボぐらいまた作ればいい。改良すればいい。問題は材料だよぅ。
この件で、ももタロー君を責めることはできません;
ももタローにはどうすることもできない種類のことだったんです!
この先、同じようなことに出くわしたとき対応できればすごくかっちょいい!
そしたら、わたし、ももタロー君に惚れるよ? (惚れなくてよい)
・ かっこよさについて
・・・でね、今回は『わざぼー』を遡って<かっちょいい>について考える事が出来るんじゃないかって思いました。<かっちょいい>つまり<かっこいい>ってことですが、この<かっこいい>って言葉が作中で大々的に登場しはじめたのは5巻「見えない強さとわざぼー」
「あきらめて生きるぐらいなら/
あきらめないで死ぬ/100倍カッコいいぜ」
(※ 略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
というみみみの台詞からでした。
それから、6巻「めんめんの強さとわざぼー」。
「めんめんかっちょいいーーv」
勝利しためんめん対する、やはりみみみの台詞です。
<かっこいい>というのが【自己評価】なのか【他者からの評価】なのか、という問題があると思います。みみみちゃんは自身の生き方として、自分が<かっこいい>と思えるやり方を貫きたいという気持ちをあのように発言していた。これを【自己評価としてのかっこいい】とする。一方、めんめんのほうは、彼自身がかっこいいと思える生き方をしたいかどうかは関係なく、他の人(みみみ)から見て<かっこいい>わけです。これを【他者からの評価としてのかっこいい】としましょう。
みみみもめんめんも【他者からの評価としてのかっこいい】を求めているようではなかったように思われます。彼らには他人の評価を気にしてどうにかしたいという欲求が描かれていませんでした。
しかし、わざぼー使いと言えばもう一人。あいつを忘れちゃいけませんね!
「3回も負けたら完全なザコキャラになる」(BYわざこ)
「もうだれにもザコキャラなんていわせねーよ」(BYむむ)
(※略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
〔6巻「むむの気持ちとわざぼー」より〕
むむ君は気にしていました。自分が<ザコキャラ>とみなされるのではないかということをっ!!(なお、ネット上の一部ファンの間では「誰もそんなことは言っていない」というツッコミがあったのですが)・・・さすが、作中悩みあぐねて凍結しただけのことはあります。細かいことが気になる男・むむ君なのですが、今回は人目を気にして「戦い」にいったわけです。
「オマエわ/そんなつもりで戦ってたんか」
(※ 略記しています。正確な台詞はコミックをご確認ください)
ゴルデンさんも呆れ顔でツッコんでいます。「カッコつけてゆーな」とも言われる。
自身を<ザコキャラ>に見せないために<かっこつける>むむ君なのです。
“かっこつける”ということは【他者からの評価としてのかっこいい】を求める気持ちから発せられる行動のように思われます。この話の冒頭で、むむはゴルデンに「オレから3分も生きのびようなんて、おまえにゃ無理だよ」と何の根拠もなく宣言する。その姿を見て、みみみはそれがむむの強さだと言いました。
こんな話の運びじゃ、むむはとんだ『ハッタリ野郎』じゃないか、と思われるでしょう。しかし、彼には【他者からの評価としてのかっこいい】を求めて、【自己評価としてのかっこいい】を実感できることをやろうとする。つまり、【自他共に認めるかっこいい】を体現しようと自分自身を投げ打って戦うんです!超かっこいいでしょう?
そして、勝利をおさめたむむ君は
「もうだれにもザコキャラなんていわせねーよ」
と確信を持って言うのです。メチャメチャかっこいいですよね!!
・・・しかし、どうしてそんなにかっこよく見せたいのでしょう?
・ むむの気持ち
「めんめんの強さ」に対して「むむの気持ち」。どうして、むむ君のほうは<強さ>ではなく<気持ち>に重点を置いたタイトルなのでしょう。その答えが、さきほどの<どうしてそんなにかっこよく見せたいのか?>という疑問の中にあるように思います。
いい加減これを読んでる人も飽きてきてると思うので先に結論を言うと
みみみの気を引きたかった
んだと思います。それが“むむの気持ち”ではないか。
励ましに行ったのも、ま城に向かったのも、庇って刺されたのも、みみみの気を引きたかったからじゃないかって思うんです。そのために【自他共に認めるかっこいい】を成し遂げようとがんばったんじゃないでしょうか。
ゴルデンに“仲間のため”に戦っているのかと訊ねられて、むむは口ごもります。“仲間のため”即ち、戦闘で勝利すれば解放される“みみみ”のため、というむむからすれば半ば愛の告白のような発言になるわけですから恥ずかしいですね(^^;)。すかさず、わざこが「3回も負けたら完全なザコキャラになる」という別の理由を言う。それは、むむの【自己評価としてかっこいい】と思えない自分自身を吹っ切りたいという気持ちを言うようでした。
しかし、むむは「だれにも」ザコキャラと言われたくない。【他者からの評価としてのかっこいい】も求めているのです。つまり、自分も「めんめんかっちょいいーーV」みたいに思われたいわけです。特に、めんめんが勝利したあとにみみみがそんなふうに言った直後ですし。・・・果たして、みみみがむむのことをかっこいいと思ったかどうかは、彼の生死を心配して無事を確認した彼女の表情からは察する事ができないのですが。
“仲間のため”を否定したむむは、“みみみのため”に刺されてしまいます。
なんだよ!言ってることと違うじゃねーかっ!!負けて<ザコキャラ>だって言われたくなかったんじゃないのかよー!!とむむファンは泣きながらツッコミをいれるシーンです。
もう少し早い段階で考えるより先に
からだが動いちまったら良かったのにね!
(※ 場を和ませるために下ネタを言ってみました)
今際にめんめんちゃんは自分の事情ばかりを話すのですが、むむ君は突入直前に「死ぬなよ、技々みみみ」と心の中で呼びかけ、彼女の咄嗟のピンチに「考えるより先にからだが動」いてしまった。もう、口ごもっている場合じゃなくて、身体が動いてしまうんです。
その<かっこいい>振る舞いは、他でもない<みみみの気を引きたい>という気持ちを原動力にしている。【自分のため】でもなく、特定しない【誰かのため】でもなく、【愛する人のため】に行動することが彼の魅力として、<かっこいい>として発現されたわけです。
・・・いやぁ、むむ君。最っ高にかっこいいですね!!!!(照
・ 強くてかっちょいい男になる
むむ君の<かっこいい>については【愛する人のため】(照)ということで、説明をつけたいと思うのですが、問題の主人公・みみみちゃんの<かっこいい>ってなんだったんだ?という疑問が拭えない。・・・や、むむ君が一人突っ走って死亡するという、大分違うけど源氏物語の柏木パターンを歩んでいった事が悔やまれてならないわけです。
――あわれとだにのたまわせよ・・・みみみちゃーんっ!!
もうちょっと、みみみちゃんに親身になれば理解できると思うんだけどね;
あまりにむむ君のかっこよさにシフトした読み方をしてたので“誰にも消えてほしくない”という全方位に向けた<かっこよさ>を、わたしは<かっこいい>とは思えませんでした(汗
これは、源氏研究をするときに「女三宮ぁ?軽薄で薄情な女ね!」といって、半ストーカー状態の柏木に肩入れしちゃう心理に似ているかもしれない; や、でも柏木は気持ち悪いんだよ!ねうねう。(※ 解釈には個人差があります)
・・・そんなことはいいとして、みみみは自分の生き方について自身の戦う理由であるところの“誰にも消えてほしくない”をあきらめないで、崩れゆく塔から自分だけ逃れるよりも、まだ生きている技神まーを見捨てないという選択をした。そのまま二人は瓦礫に飲まれていくという顛末なのですが、これが「あきらめないで死ぬ/100倍かっこいい」ことなのかと言われると・・・あんまり、なわけです;
確かに、みみみへのアピールを「あきらめないで死ん」だむむ君というのはカッコよく見えたんだけれど、みみみちゃんの信念については“誰にも消えてほしくない”という壮大すぎる願いなわけです。「あたしが強くなる」とかいう問題ではなくて、誰もがそれぞれに気持ちを持っているのですから、そのために行動を起こしていった結果消えてしまうかもしれない。そういうことまでコントロールしようと言うのでしょーか、みみみちゃーん。
「あたしが強くなる」とみんなが消えない世界と言うのは、みみみちゃん自身が絶対的な支配者という<強者>として君臨しない限り実現しないのではないでしょうか。それは、この作品の中で猛威を振るう“わざ武王”その人の行いと重なっていくように思われます。・・・お、恐ろしい話だ!!
むむ君っ!!
もう、君が押し倒すしかないってば!!!!
(※ 話をそらすために下ネタに逃げてみました)
ということで、<かっこいい>を求める気持ちとしてそういう怖さがあるんじゃないか、と思うのですが、ももタロー君はどうして<強くてかっちょいい男>になりたいのでしょう。今のところなんとなーく、そうなりたいという漠然とした気持ちしか察する事が出来ないのですが、【自己評価としてのかっこいい】なのか【他者からの評価としてのかっこいい】なのか【自他共に認めるかっこいい】なのか。
今思えば、イッスンのチビ子さんへの一途さが「戦いの崖」を制覇するという目標に向けて突き動かしたという、原動力の点では、むむ君と通じるものがありますね!
・・・ハナクソだったけど!!
*
とりあえず、あきらめないで死んでもいいって思えるほど価値を置く<かっこいい>じゃなければ、ハナクソウンコってことですね!ギンちゃんカムバーックっ!!!
※追記:
【愛する人】って表現は恥ずかしいな・・・
【好きな子】ぐらいが相当かも。とりあえず、皆さんのお好みの表現でどぞ;
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